音楽とかギターとか育児とかテキトーに

どこぞの馬の骨が、ダラダラと浅い知識を殴り書くブログ。

久々に「太陽と埃の中で」を聴いた

ひと昔前に比べて、そもそも音楽そのものを聴かなくなっていて、その中で無意識に避けていたのか、白状するとここ数年しっかりとチャゲアスって聴いてなかったんですよ。

やっぱりどこか「哀しく」なるというのもあり。

そんな中、昨日ふとオリジナルの「太陽と埃の中で」を再生しました。
ワタクシ、「この曲を聴いてる回数は日本で5本の指に入る」と自負してたりしますw

とはいえあえてこの曲を引っ張り出すことも無いし、「STAMP」版を好んでたりもするので、オリジナル音源のこの曲をしっかり聴くのはかなり久しぶりでした。

まぁ僕世代では“チャゲアスのきっかけ”は「SAY YES」や「はじまりはいつも雨」ではなく、この曲という人も多いと思います。
「NEWS TIME3」だっけな?の主題歌で流れるあのサビのリフレインは“リアル中2”を掴むには充分過ぎるインパクトでした。

改めて聴いて…

なんて素晴らしいんだ、と

いや~色々“グッと”きますね。

ノーベル賞を取ったボブ・ディランが「文学的な歌詞」と称されますが、それならば「日本には飛鳥涼がいる」そう声を高くしていいたくなります。

HARUKI MURAKAMIよりもRYO ASKAですよ!!、ディランが取れるなら薬物なんて全く問題ないw

名前も国もない 生まれたての元気
All Light どんな 羽をくれるの

お茶の間に流れるJ-POP、いや当時はそんな言葉はまだなく、下手したら「歌謡曲」と分類される曲のアタマがこの歌詞ですよ!!

風吹く丘の少年 
すべての夢を手にしたような忘れない

もうねーこの胸がギュッとする感じ、ね。
ここがたまらんのですよこの曲は。

こんな人、他にいませんよ。
比喩を駆使した「散文詩」的な表現を、ここまでシングルにブッコんできて大衆向けにヒットを飛ばしたアーティストってほとんどいない気がします。

「ASKAの詞」が一時期お茶の間を席巻したっていうのは、その後のJ-POPにおける詞のハードルや許容範囲を引き上げたという多大な功績が間違いなくありますね。

後にASKAにもカバーさせたミスチルの「名もなき詩」とか、多分チャゲアスがなかったらシングルにはしてないと思うし、遠縁で言えば「ゲスの極み乙女」とか「クリープハイプ」あたりの本来アングラで留まるような世界観があっさりと大衆に受け入れられる下地を作るのにも貢献してると思う。

だって「これから一緒に殴りに行こうか」って歌詞を200万枚売ったわけですよ、お茶の間を席巻したわけですよ。
「殴りに行こう」がOKなら何だってOKだろ?と当時4歳、5歳の子どもだった将来のミュージシャンの卵は理解するわけでね。
目に見えないトコロでの貢献はかなり大きいはずだと思います。

改めて、偉大なミュージシャンだと思います。

しかしねぇ…そんな人が…なんであんなになったかなぁ…

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