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どこぞの馬の骨が、ダラダラと浅い知識を殴り書くブログ。

線の引きどころ

もう各所で書かれ尽くされてるわけですが、今回のASKA騒動、続報も乏しい中、あまりに酷いマスコミ報道に問題が注がれるようになってきています。

僕は基本的に“ワイドショー・タブロイド・ゴシップ大好きゲス人間”なんで、芸能人がヤイノヤイノ言われるのはかなりのレベルまで“仕方ない”と思っちゃう方ですが、それにしたって最低限の“法”と“倫理”は守らないといかんわな、というのは当然の話。

というか、そういうゴシップや叩きの記事こそ“ギリのとこ”でエンタメに昇華しなきゃいけない難しいものだと思うわけです。
ゲスい内容の中に「どこか気分がスカッとする」「表立っては支持はできないけど、言われるとニヤリとしてしまう」とかそういう要素が必要なんですよ、じゃないと読んだ人がただ気分が悪いだけになるわけで、そんなもんは要らんでしょ?

ASKAの件に関しても前回に関しては「スターが転落する」という事象そのものが、我々凡人にしたら腹黒い部分で“スカッとする”要素である点は否めないわけですが、今回は「落ちた沼から岸に上がろうとあがいているところを棒で叩き落とす」行為なわけで、対象が同じでも行為の“質”が根本的に違うと感じます。

いわゆる“ドッキリ”的なものでも、人が落とし穴に落ちたり、押されて池にドボんと落ちたりするのってまぁ“笑っちゃう”じゃないですか?、もちろんこれ自体あんまり褒められたもんじゃないですが、まぁそういうのを“面白い”と感じるのも人間であり、そこにはエンタメとして成立する要素はある。

ただ、その穴や池から這い上がろうとして這い上がれずにもがいている様子や、這い上がろうとするところを棒で叩いてまた落とすなんてことは、絶対に“面白がってはいけない”領域なはず。
もちろん人間は残酷な生き物なんで、これすらも“面白い”と思ってしまいがちなわけですが、そこは自制すべきところだし世の中として相互注意していかなきゃけないポイントだと思います。

話は逸れますが、この”笑っちゃダメな領域”を親や世間が子どもに対ししっかり意識付けできてないことが、ヤンキーがムカつくやつをシメるときにあっさり殺すところまでいっちゃう原因のひとつだと思ってたりもしますね。

そこの見えないながら確実に存在する“さじ加減”や“線引き”をコントロールしていくのもマスコミの仕事だと思うんですが、最近のマスコミを見るとその線の存在そのものが見えてないような気がして呆れます。

それにしても「敷地に不法侵入に車破壊」「タクシー映像放映」「デモ音源の未許可公開」は、倫理云々ではなく、明らかに“犯罪”もしくは準ずる行為であり、誰ぞも言ってましたが「犯罪者が犯罪者を叩いてる」という状態は異常そのもの。
“親しい知人”や“事情通”をでっち上げてアレコレ言ってるのとはわけが違います。

これが“個人の暴走”ならば分かるんですが、テレビ番組なんて、何人もの人が集まって何度もの会議を経て放送されるわけで、その中で“OK”となってしまう構図が恐ろしいですね。

兎にも角にも、ワイドショー・タブロイド誌の問題は、ゲスい記事を出すことではなく、その内容が“つまらない””粋ではない”コトだと思います。

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