音楽とかギターとか育児とかテキトーに

どこぞの馬の骨が、ダラダラと浅い知識を殴り書くブログ。

とある疑問と超個人的な推測

さて、あまりのマスコミの酷さにASKAに同情が集まるという…一周してマスコミありがとうてな何とも奇妙な現象が起こりつつありますが…苦笑

今回は僕がずっと前から感じている疑問について、独断による推測をダラダラと書いてみようと思います。

主な疑問は以下の2点

・わりと近年に、ASKAが急激に変わった“きっかけとなる何か”があったのではないか?
・オセロ中島でいう占師、エックスTOSHIでいうマサヤ的人物の存在

あれだけ騒ぎたてるくせに、この2点に言及しているマスコミの記事を見たことが無いのですが、僕としては上記2点のどちらかもしくはその両方があり、短期間に急激にASKAが変わったのではないか?と感じています。

きっかけに関してはメディアでは「韓国ライブの失敗」というのが取りざたされますが、ボク個人の経験と感覚、それに伴う憶測ではその“何か”は、「WALK」ツアーの近辺にあるように思います。

もちろんそれまでも、CHAGEや一部側近スタッフとの関係は冷え切っていただろうし、独断による暴走や盗聴に対する警戒もあり、クスリと女に関しても大ゴトにはならない“アーティストのご作法”程度にはたしなまれていたと思うんですが、それらが急激に“アウト”の方に転げる出来事、転機があったんじゃないかという気がしています。

そう感じる理由は明確。

「歌」から感じられる情報量がこの辺を境にガクんと落ちた

もうね、自分にとってはこれ以上にない論拠。

この時期、人間関係、プライベートはどうあれ音楽的にはかなり充実していたと思うんですよ。
“チャゲアス最後にして最高傑作”というべきライブ「ALIVE IN LIVE」や、彼の新機軸を打ち立てたシンフォニックツアーを受けた「WALK」ツアーは、チャゲアスの看板なしに行うソロ活動第一弾として非常に気合が入っていたはずです。

作品的にもASKAのテーマソングのような「UNI-VERSE」、(多少前後しますが)オリジナルアルバムではないですが、完成度としてはASKA最高傑作ともいうべき「12」など充実したものをリリースしていたように思います。

実際「WALK」ツアーは、“ASKAベスト”という選曲に、「PRIDE」「RED HILL」といったチャゲアス曲を交え、「HELLO」「月が近づけば少しはましだろう」といった代表曲をよりロック色の強い攻撃的なアレンジに仕上げたセットは、“やったるでぇ~”というのが前面に押し出された素晴らしい内容でした。

僕はこのツアー2回見ているんですが、前半の神奈川県民ホールで見た時は「ALIVE IN LIVE」に近い、その勢いを汲むような素晴らしいパフォーマンスに圧倒されました。

んで、まぁ長いこと僕のブログを読んでくださっている人はご存じでしょうが、この時期僕はひょんなことから「バックステージ入場券」をゲットしていまして、ご本人に挨拶まで出来るという超幸せな環境だったわけです。

がっ、しかし…

ご本人にお会いできる、そんな“なんでもオッケー”てな状況にもかかわらず、2回目に見た最終日(確か追加のビデオ撮影日かな?)の公演、その歌にどうしても“???”が付かざるを得なかったんですよ。

もちろん前に見た公演より声の調子が悪かったというのもあったし、後半で疲れとかもあるのかな?と当時は思ったんですが…

ただこれ以降のライブで、声の調子云々に関係なく、それまでのASKAにあった“すべて持って行かれるような圧倒感”を感じたことは一度もありません。

声の調子自体はむしろ上向いていた位だったんですが、「昭和が見ていた~」などは声が出ている分、その歌が“響いて”来ないことに違和感と虚しさを覚えていました。

最後のツアー「ROCKET」もアルバムがあることのモチベーションもあり、完成度の高い素晴らしい内容でしたが、それでも以前にあった“身震いするような圧倒感”はあまり感じることが出来なかったように思います。

素人耳の感覚から導かれた勘違い極まりない推測ですが、個人的にはこの「WALK」ツアー前後半の間、2009年の5月近辺に“何か”があったのではないか?そんなことを感じてたりします。

これははじめて書くんですが、実は2回目にお会いした時に割とショックな出来事を経験しているんですよ。

僕は楽屋通路でご挨拶した際に簡単なプレゼント(あの人好きそうなSFっぽいオモチャです)を渡したんですよ。んでその場では「ありがとう」といって受け取っていただいたわけですが…

後日、別のメンバーがブログでそのオモチャで遊ぶ記事を書いていたという。
そんなメジャーなものじゃないので、その人がたまたま同じものを買ったとは考えにくいです。

まぁ本人が楽屋に忘れてたとか、打ち上げで話題になって欲しい人が持ち帰ったとか理由は想像できますし、そもそも相手は大金持ちの大スター、高価なプレゼントも毎日のように多数受け取るわけで、どこぞの馬の骨が渡した安いプレゼントなど相手にもしないのが当然です。

とはいえ、プレゼント渡した本人としては結構ショック…みたいなw

んでここのポイントは、パブリックイメージ的にも関係者から漏れ聞く話においても「飛鳥涼」という人は、“そういうことはしない”人間であるという認識があったわけです。

この頃はまだインディーズでバンドもやってたんで、底辺の業界関係者wから「XXは裏ではどーだ」「●●は実は超ワガママだ」なんてゴシップは腐るほど聞くわけです。
そんな中でもチャゲアス(とサザン・桑田)に関しては、噂話レベルでもそういう“嫌な話”を聞かない存在だったりもしたわけです。

がっ、このあたりから多少面識があるスタッフの方なども、ASKAの話をする時にどこか奥歯に物が挟まったような物言いをするようになります。

また、(僕が良くブログで出すんですが)ASKA畑でない日本を代表するベーシストがレコーディングに参加した時に「本人と満足にコミュニケーションが取れなかった」といったツイートをしたのもこの時期です(これだけのコトを発するのは内心では相当嫌な感じだったんだと思います)。

「イメージのASKA」と「実情のASKA」に明らかに大きな隔たりが生まれるわけです。

作品的にもこのあたりでリリースされたアルバム「君の知らない君の歌」や「FACES」ツアーが、完成度云々以前にどこか“覇気”を感じないものであったのは皆さんもご存じのとおりなわけで。

もちろん「少しずつ積もったものが決壊したのがその時期」とも考えられますが、僕としては徐々に変わっていったのではなく、あるタイミングで急激に変わったという印象が強いです。

あと僕が引っ掛かっているのは、「SCRAMBLE」発売時に出たムック本のインタビューに登場する「長老」なる人物。
たしか僕は当時のブログで「アーティストの周りからこういう得体のしれない人物が出てくるとロクなコトは無い」とツッコんだ記憶があるんですが(実際その通りになった…汗)。

あれだけ周囲や家族を騒ぎ立てるマスコミがこの「長老」なる人物の存在を追ってないのはそれこそ怠慢ではないかと思うんですよねぇ…だって本人がインタビューで怪しい人物の存在を公言してるんですよ!?(それとも触れちゃまずいような存在だったか??)

クスリだ愛人だ家族だとマスコミは騒ぎたててますが、それらはあくあまで副次的な要素でしかなく、ASKAが変わった根底にはもっと別の「何か」と「誰か」の真相があるような気がしてなりません。

もちろんイチ外野の想像でしかありませんが…

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