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子どもとの日々

当事者が待機児童・保育園問題を嫌~な感じで語ってみる

2016/04/09

さて、「保育園落ちた、日本死ね」なるブログが世を騒がせてますが。
まぁ古来より、無名の庶民が書いた落書きが歴史の教科書に載るくらいに、どの公的な書物よりも世相を反映しているという例は多々あるわけで、これ自体はひとつの“真実”として切り取られたものというのは疑いはないでしょう。

国会で取り上げるのはどうか?みたいな話もありますが、江戸時代なんかには庶民のこういった風説を徹底的に取り締まったのを見ても分かる通り、政治家はこういった庶民の“暗黙の世論”の力を良く知り、本能的に恐れる生き物なので、一見過剰とも感じる反応も歴史的にみればごく当然の対応と言えると思います。

そんな待機児童問題に関しては、我が家も二人目誕生を目前に控え、メッチャ当事者でございます。

「ふたりが別々の園になったらどうしよう」「認可落ちた時の認証が近所に無い」「入れなかった最悪のケースも想定せねば」と今から恐々としているわけですが・・・。

とはいえ今回の記事は『待機児童問題を解決できない国のバカ』という切り口ではありません。
むしろ『国のせいにするのはちょっと違うんじゃない?』『風潮に乗って主張してるけど、むしろそれ図々しくねーか?』と感じるような部分に触れてみたいと思います。

実はここ、おそらく当事者側が薄々気が付いていて目をつぶっている部分でもあると思いますが。

少し過熱気味にも感じる待機児童問題をなるべく客観的に『果たしてそれは本当に国の落ち度か?』と僕が感じることを書いてみます。

その土地を選択したのは誰??

そもそも「待機児童問題」が起きているのは一部の大都市や新興住宅地であり、それ以外の場所では概ね希望通りに入園できているはずです(地方に行けばガラガラというところも少なくない)。

そしてその該当する地区に住んでいる人の結構な割合が「結婚した後にその場所に引っ越して住んだ」夫婦な気がします。
「代々住んでいてそこの人口が急に増えた」という人は気の毒ですが、おそらくこちらの方が少数派だと思います。

ちなみにウチもそうです。
住み始めた時点で当然子どものことはある程度考慮していましたし、待機児童の噂は聞いていましたが「正直ここまで酷いとは思わなかった」というのが本音です。

これに関しては「共働きで子どもを作る」という前提があって住居を探す場合、“周囲の保育園事情”というのは熟考してしかるべきポイントなわけで、そのポイントへの考慮が不足していて、もしくは知っていながら他のメリット(「職場に近い」「買い物が便利」など」)を取ってあえてその土地を選んだのであれば、「保育園に入れない」と行政に文句を言うのはお門違いだと思います。

特にここ2、3年は散々待機児童問題が騒がれているわけで、わざわざ激戦区に引っ越しておいて「国が悪い」といっているのであれば、むしろそれは“みっともない”行為とすら感じます。

こっちの都合で・・・

当然ながら待機児童問題に直面する家庭のほとんどは核家族でしょう。

ここにおいても、その家庭のすべてが仕事などのやむを得ぬ事情があって両親と別居しているわけではないわけです。

「両親と同居し祖母・祖父に預けて仕事に行く」という方法が可能なのに、『同居したくないからしない』とそれをしていない家庭も多いはずです(ウチもそれに近いものがある)。

このパターンの夫婦を国が頑張って保育園を作って支援する必要があるでしょうか??

このパターンの夫婦が国に「足りないから保育園を作れ」という資格があるでしょうか??

個人的には“ない”と思います。

あくまで公的な支援というのは「それ以外に方法が無い人」「下限ギリギリの人」をサポートするためのもので、他に道がありながらチョイスした“自分たちの生活スタイル”のために国が何かをする必要はないと感じます。

国が守る必要があるくらいの“貧しさ”か?

ひとくくりに“共働き”といってもザックリとわけて以下の2パターンになるはずです。

「共働きでないと食えない、もしくは個人商店のように夫婦両方の労力が不可欠な家庭」

「“よりいい暮らしをしたい”などの理由で、夫婦どちらかの収入で充分食える稼ぎがあるのに共働きをしている家庭」

本来、福祉という観点から国が支援する必要がある家庭は“前者のみ”だと思います。

実際に認可保育園でも世帯収入は重要視される項目で、世帯収入が2千万を超えるような場合ではかなり高額な月額になります(認証に入れた方がずっと安い)。

認可・認証含め「金を積んでも入れる保育園が無い」という切羽詰まった人達は別として、認可保育園希望者には充分な世帯収入がありながら「保育料を安く上げたい」という思惑で出している人もいるわけで、その人たちは“たまたま空きがあって通ったらラッキー”というレベルの話で、待機児童問題の該当者ではないと思います(勝手な想像ですが、この手の人に限ってブーブー文句言ってる気がします)。

ザックリいえば、モンクレールのダウン着て送り迎えしちゃうような親を国が守る必要なくね?というw

別にモンクレールに恨みはないんですがw、どーもあのダウン来てるパパママって感じが悪いのが多い気がするんだよなぁ(←「無理してブランドものを買ってる」層が手を出しがちなブランドだからだと思う、と自己解決)

とはいえこのポイントは、安倍ちゃんが「一億総活躍」「女性の社会進出を支援」という公約を大々的に掲げているわけで、「政策」という観点からはすべての対象に施策を行わなければならないわけですが。

話題のブログでもここが真っ先にあげられてましたが、ある意味国的には攻められても“自業自得”なポイントですね。

ちなみに「政策」としてみた場合に、たとえ成功しても致命的な欠点がありまして、それは・・・

統計的には国が豊かになるほど出生率が下がる

というw

と、いうわけでイヤーな感じで重箱の隅をつついたわけですが。
何というんですかね…この待機児童問題に限らず、日本は民主主義国家であり、自由経済の資本主義なはずなんですけど、庶民が非常に“社会主義的な保証を希望している”という印象があります。

平たく言えば国民が“最低限の暮らし”ではなく、“ちょっと余裕のある暮らし”までを国に保証しろと言っているという印象。

この待機児童問題に関してもそれを多分に感じるとは思います、そこは自己反省も込めて各自で見直さなきゃいけないポイントかと。

と、まぁつらつらと書いてみましたが…やはり当事者としては「国さんよぉ、なんとかしてくれぃ」というハナシではあるんですが…苦笑

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