音楽とかギターとか育児とかテキトーに

どこぞの馬の骨が、ダラダラと浅い知識を殴り書くブログ。

C&A

例のブログ・・・

2016/01/14

そういえばASKAって一時期“キングオブコメディーが好き”って言いまくってたよね

というわけで、「例のブログ」ですが。
とりあえず“書いたのが本人である”という前提で話を進めます(“そうじゃなきゃいいなぁ”という思いも強いのですが…)

まぁ、単純に大抵の人は”引く”よね。
ふるいにしがみつくファンに最後の一徹を加えたという気すらするわけですが…苦笑

んで、これじゃあ信頼できる人ほど応援する周りの人間は離れていくよなぁ、という悲しい気持ちも起こります。

とはいえ、クラプトンでもボブディランでもそうだけど、アーティストの「自伝」的な小説の生原稿(編集を経てない状態の原稿)やインタビューのテープ内容ってどれもこんな感じじゃね?という気もするわけです。
こういう人って「それ本気で言ってます?」って内容のコトをバンバン真顔で話しますから。

それを作家や編集者がアーティストのご機嫌を取りながら?、なんとか「読み物」として成立させたものが世で目にする出版物なわけですが、その過程を経ずに世間に出てしまった、と。

ツイッターやブログでたまに細かく起こる“炎上”騒ぎもそのひとつだと思いますが、それを“丸々本一冊分”のボリュームでやっちゃうというw

やはり“スケール感”が違います、この“空気の読まなさ”は非常にASKAらしいと思います。

あと今までも僕は何回か言ってるんですが、そもそもASKA氏、こういうエッセイ的な文章が“絶望的に面白くない”のですよ。
ここは彼のグダグダなMCに通じる部分だとも思うんですが、明らかにこの手のフリーな話が苦手。

まぁこれはASKAに限った事じゃなく、構築型の表現者によく見られる現象なんですが。
エッセイやフリートークと詩や小説といった表現物は作るための才能・能力が全く別モンなんですよ。

これは、東京03とかアンジャッシュの児島みたいに、“コントは面白いけどフリートークが全然ダメな芸人”なんか思い浮かべると分かりやすいと思います。一方で元々落語家だった明石家さんまは「落語が全然出来なかった」という話もあったり。
余談になりますが、両方ともハイレベルにやれる鶴瓶やバナナマンみたいな人は内輪からは本当に尊敬されるそうです。

ASKAは東京03的な”作品型”の表現者の典型だと思います。
そういえば彼が以前出した「インタビュー」という本があるのですが、これはしっかり編集が入っているのにも関わらず、このブログの文章同様、内容はともかく文自体が全く面白くない代物です…

ちなみに僕の尊敬する小説家・藤沢周平も随筆集がクソ面白くないのでw、こういうタイプの作家が僕のツボなのかもしれません。

んで、この“面白くない(かつ助長な)文章”が、テキスト全体に漂うカオス感を増大させてしまっているという印象がありますね。

と、なが~~~い前置きをした上で、内容にちょっと触れてみようかな、と。
まず結論としては、とりあえず否定も肯定もしません。

基本的には「ASKAがそういうならば信じる」という信者ファンスタイルで迎えようと思います(そうじゃないとやってられんw)

その上での感想をば

復帰・楽曲制作に関して

そもそも僕の意見としては、現在フリーな立場なわけだし、絶対にスポンサーなんて付かないわけだから「自主制作で好きな時に曲をリリースし、歌いたい時にライブをすればいい」というものです。

だから冒頭の「曲が溜まってる云々・・・」「声が出なくなる云々・・・」というのに関しては、“四の五言わずに歌ってくれぃ”というだけです。

素人考えですが、自主レーベルで配信まで管理すれば、充分やっていける気がします。

どうせメディアでは流れないわけで、今の彼のセールスだと印税にするよりも、コピーの問題をさっぴいても直販の方が収入は多いと思うし、“こだわり派”アーティストが配信に否定的だった理由のひとつ“音質”に関しても、通信環境の向上とハイレゾ音源の進化でもはやCDの何倍も高音質なものを配信できることを考えればそれが自然な流れだと思います。

個人的には“低音質なコピーはすべて広告”と割りきり(むしろ全曲YOUTUBEにあげちゃってもいいと思う)、「超高音質な音源を高額で配信」というのが最も適している気がします。

ライブはどこでもいいから、とにかく歌えばいいじゃん、と。
旧曲を演るのに問題があるならば、アルバム5枚の曲があるならwオール新曲で全然OKです、むしろ個人的にはその攻めの姿勢ウェルカムw

それに誰もがYOUTUBEで“タダで”楽曲に触れられるというのは、ASKAのような真の実力のあるアーティストにはむしろチャンスかと。
このブログにも高校生、大学生といった新規様がパラパラと訪れていることを考えてもASKAの「本物の歌」は明らかに新しい層を開拓できると思います。

オクスリ関係

書いてあることが全部本当だとして…それにしてもオッサン、脇が甘いよ、とw

前半はともかく、文春騒動後から逮捕までの間に再開しちゃった件は、どう取り繕っても苦しいよなぁ…

率直な感想として、この期間の文章に“淀み”を感じます。
他は多少の脚色や隠蔽、自己弁護はあれ、大筋ASKAの言っていることは正解とも思えるんだけど、一番大事なところで、文が素直に入ってこない違和感を覚えますね。

それにしても、

『私には強さも弱さもある。弱さが顔を出した瞬間だった。』

って、誰でもそうやん…こんなチープな表現を堂々と持ち出されると悲しくなりますわぁ…涙

ナオン関係

ここは非常~~~に“ASKAらしい”ですね
個人的にはオンナ関係の記述が一番興味深かったです。

もはや感心するほどの“むっつり”っぷりw

まぁ、ここに関して正直僕も同じタイプだからASKAの歌詞に惹かれてるんだろうなぁ、と思うとリターンしてくるので何とも言えないのですが・・・苦笑

で、さぁ…

結局、飯島愛とはどーだったの?
とっちーとは?、第2の女とは?

読者が知りたいのはそこなんですよ!(最低)

冗談はさておき、いや~~ここまできてカッコつけるのね、と。
「身を切ってさらけ出さないと、相手は信じてくれない」なんてことは、一番分かってる人だと思うんですけどねぇ…
まぁ文中で言うように相手がある事なんで仕方ないとは思いますが。

あと「優しい男」ってのは、本質的には女に対し「冷たい男」であるというのがよく分かりますね…苦笑

盗聴関係

いきなりの情報で、かつ皆様がドン引いたのがここでしょう。

これはもう

「自分しか信じたことしか信じない」というアーティスト(に限らず成功者全般)にとって必須のメンタルが起こす副作用

としか言いようがない。

ポイントは、本人にとっては紛れもない“事実”だということ。

ASKAには、この文で書いている盗聴者のホームページも見えているし、携帯を利用した突拍子もない盗聴技術も存在している。
「存在は認識ではじまる」とするならば、逆に「認識すれば存在してしまう」わけです。

そしてそもそも実際に盗聴されている(されていた)可能性も低くはないはず(←ここ重要)。

ここからは、この文章を読んでの僕の超個人的な推測ですが、ASKAが孤立化していった理由のひとつに、彼に近しい周囲がこの盗聴恐怖症に対し、「盗聴なんて無い」というスタンスで精神科などを奨めてしまっていた、というのがある気がします。

元々かなり前の段階から、CHAGEとは不仲(あえてこう言い切りましょう)だっただろうし、それに伴ってお互いに不信感を持つようなスタッフもいたはずで、そこにプラスして「誰も自分の悩みを分かってくれない」となったら、他に助けを探してしまうのも無理はないはず。

そして、そういう精神状態の人間こそ、宗教や詐欺なんかに捕まる可能性が高いというのは明白なわけで。
元々「科学は正しいという迷信」という人なわけだし。

ここのフォローを間違えずに出来る近い人間がいれば、違う道があったという気がしますね。

最後に

なんだかんだ久々に本人からの発信があったというのはありがたいことです。
あとファンからは「あの頃のASKAに戻って欲しい」みたいな声もありますが、「そもそもこういう人だよね」と思い当たることも多々あり、ある意味“変わってない”という安心感もありますw

とにかくボクが言いたいのは“身体が大丈夫なら、さっさと曲を出して、ライブやってください”

アルバム5枚分、期待しておりますw

-C&A